第30章 反魂人形
グラスを揺らしながら、呟く。
柑橘のいい香りを漂わせる液体を口に含むと、七海が呆れ顔で僕を見た。
「アナタの注文『フロリダ』でしょ。ノンアルコール」
「僕は何もしてないから酔わなくていいんだよ」
「堂々と言わないでください」
そう告げる七海は淡緑色の綺麗な酒を煽る。
たしか『ギムレット』だったか。強い酒ということは分かる。
その酒を一気飲みするなんて、だいぶ精神がキてる証拠だ。
「七海はさ、割と情に厚いんだよね」
「なんですか、急に」
「割り切れるけど、平気ってわけじゃないだろ」
今回のように、人の未練を真正面から浴びるってのはさ。
結構尾を引くもの。
でも歳を取れば取るほど、人は心を隠すのが上手くなる。
「そういうところで生まれた摩擦って、大人なら多少は処理する手段があるよね。それこそ、酒は特効薬だ」
「あまり面白くない話ですけど、続きますか?」
「別にからかってんじゃないって」
これは本当。
からかうつもりはない。
酒でも何でも、心を隠す術を持つのは大事なこと。
人生を歩んでいく中で、僕たちはその術を培っていった。
七海も、そう。
「呪いを産むのが人である以上、僕が受け持つ生徒たちも、いつかはクソみたいな人間の悪意と向き合う時が来る」
「……呪術師ですからね」
「僕らみたいなのは、そうやって心に回った毒を吐き出す手段を知っている。でも、多感な時期の若人は別だ。一度の毒が心を壊すこともある」
「子供に残った毒を処理してやるのは、大人の役目でしょう。教職であるアナタの方が存じているのでは?」
「分かってるよ。だからオマエと話をしにきたんだ」
僕は『フロリダ』を飲み干して、バーテンダーに注文をつける。
「『シンデレラ』を二人分ね」
「冗談でしょう」
先ほどよりも更に甘いノンアルコールカクテルを、七海の分も注文する。
文句言いたげな七海を無視して、僕はバックバーの棚を見つめながら、話を続ける。
「一度ね、オマエに預けてみたい子がいるんだ」