第11章 雨の日は
「ねえジン、テレビのリモコン取って」
「全く...君の方が近いではないか」
リモコンが宙に浮き私の手元へと飛んでくる。
「ありがとう。でもたまには手渡しでも良くない?横着だよ」
「その言葉そっくり君にお返ししよう。投げて寄越さないだけ良いと思いたまえ」
ジンは少々呆れた様子だ。
「雨、なかなか止まないね」
「ああ、もう3日も降り続いている。梅雨でもないのに稀有な事だ」
本を読みながらジンは答えた。
「ねぇ、どっか行こうよ」
「生憎濡れるのは嫌いでね」
「でもジンの能力使ったら雨粒止められるじゃん」
「出来なくはないが、あれはかなり集中力を必要とする。まだレインコートの方が現実的だよ」
ミニテーブルに置いてあるマグカップを手に取り、ジンはそれを口元へと運ぶ。
彼がいつもコーヒーショップで買ってくるグアテマラをわざわざ自宅のミルで粉砕し、10分かけてサイフォンで抽出したこだわりのコーヒーだ。
「気分転換をしたいなら、何か音楽でも流そうか?昨日メンデルスゾーンのレコードを買ってきたばかりなのだよ。蓄音機のメンテナンスもこの間やってある」
「今は良いかな」
「では何か弾いてあげよう。リクエストはあるかね」
「じゃあいつも弾いてくれてるやつ」
「ああ、あれかね」
ジンは本を畳み、ミニテーブルへと置くとピアノへと歩いていった。
椅子へ座り、少し目を瞑り、そしてその指の長く、少し骨張った手を鍵盤へと落とす。
グランドピアノからはいつもの音がする。
重々しいがどことなく軽やかで優しいような、懐かしいような。
ジンの弾くピアノはただ上手いだけではなく、人の心を揺り動かす。
ストリートピアノで彼が演奏した時など人集りが出来てちょっとした騒ぎになったくらいだ。
私が数分うっとりとしている間に演奏は終わってしまった。
「アメイジング・グレイス、素晴らしき恩寵という意味でキリスト教の讃美歌だ。覚えておくといい」
私は拍手をした。