第20章 意識不明
時折、顔を見て変化が無いか確認する。
ふと、あんなに好きだった杏寿郎の声がよく思い出せないことに気付く。目頭がかっと熱くなり、目にじんわり涙がにじむ。
気弱になってしまうから泣きたくないと思いながらも、とうとう涙が溢れてしまった。
声を押し殺して泣きながら杏寿郎がいなくなるということをじわりじわりと実感してきた。
もう既に朧気になった声、もしもこのまま亡くなって火葬されてしまったら、この手のぬくもりも、手の形も、顔も全て無くなってしまう。ぼんやりとは思い出せても、細部からどんどん忘れていってしまう。忘れているということを意識できないうちに記憶から消えていってしまう・・・。
たくさんの言葉や思い出は心に残っているけれど、目に見えるものは何も無くなる。死んでしまうということはそういう事か。
今まで覚悟していると思っていたが、全く何もわかっていなかったと気付かされる。
そして、この太陽の様な男が、の心の中のほぼ全てを占めていた事にも気付いてしまった。杏寿郎がもし、もし、死んでしまったら、私も死のう。そう思うと悲しみが少し薄らいだ。一人で生きていてもつらいだけ。
自分には杏寿郎の様な「人を護りたい」という原動力は無いのだ。数年前に殺されてしまった家族の仇を討ちたいという思いも無い。仇を討ったところで失った人は戻っては来ない。
目の前に鬼がいたらもちろん斬るだろう。困った人がいたら手を差し伸べるだろう。でも、目の前でなかったらわざわざ斬りに行ける程の気力はあるだろうか・・・・。
涙が乾いてきたころ、やっと我に返って精神状態が悪くなっていることに気付く。
またふらふらと担当地区の警備に行き、蝶屋敷へ戻る。