第10章 雨だれのフィナーレ【呪胎戴天/雨後】
『――だったら、ずっとここにいればいいわ』
詞織の心へ追い討ちをかけるように、水音を立てて少女が現れる。血のような紅い瞳に伏黒たちへの嫌悪を滲ませながら、少女は赤と黒のゴシックロリータを揺らした。
『ここには、辛いことも苦しいこともない。痛い思いをしなくてもいい。何も失わなくていいの。この世界にいるのはあなたとあたしだけ。あたしがいれば、寂しくもないでしょ? 現実なんて、あなたの嫌いな理不尽ばかりよ。それなら、ここで歌をうたって、楽しく過ごしましょう?』
「神ノ原 詩音……っ!」
呻くように呼ぶと、少女は紅い瞳でこちらを睨みつけてくる。
『邪魔をしないで。あたしたちのことは放っておいて! どうせ、殺そうとした命でしょ? あたしも、詞織も! だったらいいじゃない。あたしも詞織も最初からいなかった! それでいいじゃない!』
星也は何も言わず、手のひらを握りしめた。返す言葉が見つからなかったのか。顔を伏せて黙り込む。
本人は帰りたがっていない。目覚めることを拒否している。
だったら、諦めるのか?
このまま戻って、いつもの生活に戻るのか?
「それでも……俺は……」
違う。いつもの生活――そこには、詞織もいなければ。詞織が隣にいる日常こそが、伏黒にとっての世界なのだから。
「それでも俺は、詞織に帰って来て欲しい」
伏黒は詞織の両肩を掴み、無理やり視線を合わせた。