第10章 雨だれのフィナーレ【呪胎戴天/雨後】
「……――も……なほぞあやしき 逢ふことの なかりし昔 いかでへつらむ……」
近づくにつれて、はっきりと聞こえてくる話し声。いや……これは和歌……?
「……――筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる……」
ピチャンと水音がやけに響いた。そこに、小さな背を丸めてうずくまる少女を見つける。
「詞織!」
思わず駆け寄り、少女を振り向かせた。詩音かもしれないとは思わなかった。たとえ後ろ姿でも、間違えるはずがない。
振り返った少女は、夜色の瞳を丸くする。
「メグ……?」
微かに開いた唇が自分の名前を呼んだ。大きく見開かれた瞳が自分を捉えると、すぐに大粒の涙を流し始めた。
「……詞織、帰ろう。みんな、心配してる。星良さんも、五条先生も、釘崎も……」
「……ユージは?」
虎杖の名前が出てきて、伏黒は答えに詰まる。虎杖の死亡は確認されている。嘘でも、「虎杖も」とは言えなかった。
そんな伏黒の様子に、詞織は顔を歪める。
「……帰れない。帰りたくない。わたしはもう、誰も失いたくない……辛い思いをしたくない……っ! 苦しいのはイヤ!」
「詞織……」
言葉を失う伏黒の後ろで、星也がゆっくりと膝を折り、詞織の頬に触れた。
「詞織。君でなければ助けられない人がいたとしても? 君でなければ救えない命があったとしても?」
その言葉に、詞織がハッと息を呑むが、それでも、イヤイヤとぐずる子どものように首を振る。
「違う! そんなのない! わたしがいない方が――……だって! だって、詩音が死んだのはわたしのせいだもん! ユージを助けられなかったのもわたしのせい! わたしが……わたしが詩音をちゃんと呼べてれば! ……そしたら……そしたら、ユージは死ななくてすんだ!」
わたしが。わたしのせいで……譫言のように繰り返す詞織に、伏黒はグッと唇を噛んだ。