第10章 雨だれのフィナーレ【呪胎戴天/雨後】
そのことを思い出して、星也は真言を唱えるのを止めた。ゆっくりと手を下ろし、眠る津美紀の髪に触れる。
津美紀が目覚める気配はない。やはり、呪いの元を絶たなければ難しいようだ。
あの日、津美紀の気持ちに答えていたのなら、何か違っていたのだろうか。
違う。本当はホッとしていた。津美紀が、答えをすぐに求めなかったことに。
拒絶の言葉を伝えれば、彼女が傷つくことなど目に見えていたから。
どうにか、先延ばしにする方法を考えていた。
自覚はある。自分は臆病なのだと。
呪術師としては特級でも、内面はただの臆病で卑怯な人間だ。相手の気持ちからも、現実からも逃げることしか考えられない。
「……やっぱり……僕は君にはつり合わないよ、津美紀……」
ごめん、と呟こうとして、ポケットのスマートフォンが震えた。
伏黒 恵からだ。
後ろ髪を引かれながらも病室を出た星也は、通話が可能なスペースへと移動し、伏黒の電話に出る。
もしもし、と問いかけると、伏黒は軽く息を呑んで、言葉に詰まった。
「恵……? 何があった?」
伏黒のいつもとは違う様子に、星也は低い声で重ねる。
『星也さん……すみません……』
伏黒らしくない、要領を得ない話を聞き、それでも内容を理解した星也は、頭の芯から身体が冷えていくような気がした。だが、不思議と心は冷静で。
「すぐに戻るから待ってて」
胸の内に渦巻く怒りの感情を奥へ奥へと鎮めながら、星也は呪術高専へと最短ルートで戻る道筋を立てた。
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