第10章 雨だれのフィナーレ【呪胎戴天/雨後】
「……津美紀……」
埼玉県にある総合病院。
眠る少女を見つめていた星也は、おもむろに両手を動かし、『智拳印』を結んだ。
「【オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン】……」
何度も何度も繰り返し唱える。
耳の奥では、「星也さん」と呼ぶ津美紀の声が響いていた。朗らかな優しい笑み、誰よりも清らかな心。
――「……星也さんのことが好きです」
あの日も――津美紀が呪いで眠り続けてしまう日の朝――いつものように任務へ自分を送り出す直前、唐突に津美紀から告白を受けた。
返事は帰ってきてからでいいから。
顔を真っ赤にして、いっぱいいっぱいな様子で。
今は返事を聞くだけの気持ちの準備ができていないから、と。
正直に言うと、津美紀の気持ちには何となく気づいていた。それでも、こちらからそう言ったアクションをかけなかったのは、怖かったからだ。
星也と星良は、当時 高専へ入学してはいたが、学校に願い出て、寮ではなく自宅での生活を許可してもらっていた。
詞織と星良、伏黒、そして津美紀……彼らと過ごす時間はとても心地が良くて、壊したくなかった。
それに、このときの津美紀は小学校を卒業したばかりで、自分は高校生。四歳差とはいえ、恋人となるには歳が離れている。
断るつもりだった。きっと、身近な年上の男に対する憧れを、恋愛感情とはき違えているのだと。
それに、自分は呪術師だ。いつ死ぬかも分からない。それは明日かもしれないし、今日かもしれない。だから、津美紀を幸せにしてやることはできない、と。