第9章 グラン・ギニョールの演目【呪胎戴天】
一瞬にして、空気が塗り替わる。
底冷えするほどの空気に、背筋がゾッと震えた。
カタカタと歯が震え、詩音はただ身を竦めて虎杖――否、宿儺を見る。顔つきが変わり、額や頬に紋様が浮かんでいた。
『――つくづく忌々しい小僧だ』
その言葉が自分に向けられたものではないと知りながら、詩音の肩はビクッと跳ねる。
それから何が起こったのか。詩音には理解できなかった。
ただただ、呆然としていた……だけ。
目の前で、特級呪霊がぐちゃぐちゃにされていく。
圧倒的な力量差。こんなの、戦闘じゃない。遊びだ。
子どもとボールで遊ぶような――力の強い大人が、加減をすることなく、かといって全力を出しているわけでもなく、幼い子どもを相手にしている――そんな印象。
鮮やかな手際で、虎杖の失われた指先や左手は治されている。
「【オン・コロコロ・セ……ッ】」
声が掠れる。震える。
呪力による治癒は、呪術師にとっては難しいが、呪霊にとってはそれほど難しいことではない。それは詩音とて同じこと。
だが、目の前の状況に対する混乱と恐怖と戸惑いで、今は上手く呪術を発動できなかった。
グッと噛み締めた唇から血が流れる。そして、詞織の身体を傷つけてしまった自分に嫌悪感を覚えて、涙が込み上げてきた。
いったい、自分は何のためにここにいるのか。
もっと――もっと、詞織を守ることができると思っていた。
それだけの存在になれたと思っていた。