第9章 グラン・ギニョールの演目【呪胎戴天】
『虎杖!』
力及ばず弾かれ、壁に背中を強かに打ちつけた虎杖の身体には、もう立ち上がるだけの力が残されていなかった。
自惚れていた。自分は強いと思っていた。
死に時や死に場所を選べる程度には、強いと思っていた。
けれど、違う。
自分は弱い。
こんなにも、無力だ。
先ほどの攻撃で指先を失った右手を見下ろし、グッと奥歯を噛み締める。大きく息を吸い込んだ。
「あ――――ッ‼ 死にたくねぇ‼ 嫌だ‼ 嫌だぁッ‼」
けれど、自分はここまでだ。
目の前の特級呪霊に殺され、自分は死ぬ。もはや、回避などできない。
『正しい死』かどうかではない。
――「呪術師に悔いのない死などない」
面談をしたときに、学長の夜蛾が言っていたではないか。
「ごめん、詞織、詩音……俺、オマエたちを助けてやれない……」
振り返ると、紅い瞳が揺れる。そこには諦めや後悔などなく、ただ戸惑った色を孕んでいた。
自分一人だったならば、きっと心が折れていただろう。いや、すでに心は折れている。
もはや、虎杖の頭にも心にも、希望なんてものは存在しない。
ならば――……。
【呪い】は人間の負の感情から生まれる。
それなら、この死が正しかったと言えるように。
憎悪も、恐怖も、後悔も――全て、この場で出し切れ‼
震える足に、なけなしの力を込める。ぎこちなく、身体がふらりと立ち上がった。
力と言うより、感情で身体が動いているように思えた。
指先のない右の手のひらを握りしめ、虎杖は無心で足を動かし、呪霊との距離を詰める。
そして、あらゆる負の感情――【呪い】を乗せて突き出した。
けれど、その拳を呪霊は片手で受け止め、ニヤリと笑う。