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花火 ー呪術廻戦ー

第14章 高専


いつものタバコの匂いはしなかった。代わりに、消毒液の匂いが鼻をつく。

なまえにとっては、硝子と離れていた時間なんてほとんどなくて。なんなら彼女は、童顔の五条と違って、すっかり大人で。
きっと、懐かしいことも何も無いはずなのに。

背中に回った手が震えているのを感じて、何かが胸の中に込み上げる。
そして、大粒の涙が、目から零れ落ちた。
一つ落ちてしまえば、後は流れるように。

無言で抱き合う二人を、その場にいた二年生三人組は、信じられないものを見るように見ていた。
一人はここ、高専の医師である家入硝子。もう一人は、半分冗談で幽霊扱いした、見慣れぬ生徒。どんな繋がりがあるのか知らないが、そもそも家入が誰かに抱きつくなんて、普段の様子からは全く想像ができなかった。

冷たい人間という訳ではないが、かといって感情の起伏が激しい訳でもない。淡々と仕事を進める彼女しか見たことがなかった三人は、目を擦り、目の前の現実を再度確認する。


一方で、なまえを抱きしめていた家入は、その状態のまま、ハァっと大きく息を吐き出した。


「…呪霊?」

「…そう思ったにも関わらず、躊躇いなく抱きしめてくれてありがとう。人間です」


そりゃあ死んだはずの人間が、当時の姿のまま、突然現れたら本物だとは思わないだろう。偽物か術式か。少なくとも不用意に近づいてはいけない存在であることには間違いない。
それなのに、躊躇うことなく自らを抱きしめてくれた家入に、なまえは嬉しいような、もっと警戒してほしいような、複雑な気持ちで笑って。


「なまえ!」


響いた声に、ああ、もう夜蛾先生との話が終わったのかと、呑気に考えていたなまえは、首の後ろの襟を掴まれ、ベリっと無理矢理家入から引き剥がされた。見上げるようにして背後に立つ五条の顔を見た時、その纏う空気が若干ピリついていることに、おや?と首を傾げる。

「オマエね、勝手にいなくなって…!」

突然現れたのと同じように、突然いなくなってしまったのではないかと。肝を冷やした五条は、呑気に家入に抱き締められていたなまえにイラついた感情のまま、言葉をぶつけようとして。

彼女の顔が涙で濡れていることに気付き、それは霧散した。

泣いているなんて反則だろうと、一気に冷えた頭で考えて、ハァッとため息をつく。
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