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恋、つまり、まばたき(R18)【カラオケ行こ!】

第5章 はばたきは、にがく


さっきの夢の中の楓の幸福な気持ちを、いずれ「聡実くん」が味わうのだろうか。
少し目の奥が熱くなったが、それは痛苦からではなかった。二人がどうか幸せになれますように。いつのまにか楓は自分の痛んだ胸のことより、二人のことに想いを馳せていた。

不意に、タバコを吸ってみたい、という願望が芽生えた。
今まで吸ったことはないけれど、コーヒーを飲んでタバコを吸うととても美味く感じると狂児が言っていたのを思い出した。
一度試してみようか。

今この時から、楓の中で狂児が「過去の男」になろうとしているのを感じ始めていた。
それでも、何かにつけて彼のことを細かく思い出す程には好きだ。
自分に触れる長い指先、少し乾いた柔らかい唇。薄い耳朶。綺麗に刈られたうなじ。広い胸。鶴の刺青。
強く甘くスパイシーな香水の香り。心臓に響く低い声。楓を見つめる、黒く暗い優しい目。

はあ、とため息をついた。
もうこんな男性には二度と出会えないだろう。自分のような普通の人間が彼に捕食されることになったのは何の因果なのかと今日まで考えていたが、もしかすると、彼の背中を押すためだったのかもしれない。
そう考えるとまた、二人の幸せを祈った時と同じ、楓の中に温かいものがじんわりと去来する。
かわいらしい年下の男の子に、「幸せになろう」と笑いかける狂児を想像すると、少し微笑ましい。


楓はマグカップを手に、リビングに向かった。テレビ台の下の引き出しに入れていた、冊子を取り出す。海外留学の案内パンフレットだ。
美容のことを気にするようになってからメイクの勉強を始め、奥深さにはまり込んだ。さらに深い勉強と経験を積みに、海外に行きたいと思うようになっていた。だが、自分にはそこまでの技量も、度胸もない、と諦めていた。
今は不思議と、なんでもできそうな気がする。

楓はスマホを取り出すと、トークアプリを立ち上げて、一番上のお気に入りで、最新の履歴である愛する人の画面を開いた。





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