第5章 呼吸
「こんなところでメソメソ立ち止まってる暇があるのか」
錆兎がかけた羽織越しに肩を掴んでくる。
「…そんなこと言ったって…。どうしていいか分からない…。」
錆兎は羽織を掴み直し、美雲の首元でキュッと寄せた。
美雲はまるで頭巾をかぶったような格好になる。
「泣くな。いつもの剣士の顔はどうした。男みたいな勇ましい顔をしてみろ。」
「…男じゃないもん…」
そう言い返して正面を向くと、美雲と錆兎の目が合った。
「…そうだ。顔を上げてろ、美雲。」
優しい笑顔を向けられる。つられて美雲の表情も和らいだ。
頭巾のようにさせられてた羽織りがようやく緩む。
「家に戻れ。鱗滝さんが心配する。」
緑の総柄の着物を着た錆兎が言う。見覚えのある柄だった。
「…いま、手合わせしてほしい。」
美雲の申し出に錆兎は少し黙ったが、刀を構えて答えてくれる。
ザリッ
雨でいつもとは違う砂利の音が響く。どちらからともなく刀を振る。
キンッ
刀がぶつかり合う。
(水の呼吸を使うとどうしても刀の振りが大きくなる。力が足りない私だと動きも遅くなってしまう。もっと軽く刃を振るには…)
(もっと軽く、しなやかに、水の力を生かして…)
刀をぶつけ合いながら、美雲は気付く____
( "雨"のように_____ )
刀を持ち帰る。天から振り下ろすように錆兎に刀を向ける。
振り下ろされる直前、錆兎が微笑んだ。そして口元が動く。
( 剣士の顔だ )
振り下ろした刀を鞘に納める。顔を上げると真っ二つに割れた岩があった。すでに錆兎の姿はなかった。
かけられていた羽織りもなくなっていた。肩に感じていた羽織りの重さが名残惜しく感覚だけ残っている。