第2章 消えた雨粒
美雲は外にでて弔いを続ける。
死者の全身を丁寧に拭き、綺麗にしていく。本当は破れた衣服も整えたかったが、この犠牲者の数ではあまりに時間が足りない。
遠くで朝日が昇りはじめ、空がぼんやり明るくなってきている。厚くかかっていた雨雲はもう見えない。今日は晴れになる。
美雲は手を動かし続けた。全員を綺麗にした後は、穴を掘らなければならない。
やることはまだまだある。身体も重い。気を抜けば自分も意識を手放しそうだった。
つらい、しんどい…そうこぼれそうになる口を紡ぐ。そんな言葉を言っていいわけがない。犠牲となった人々の前で、言えるわけがない。
死者を弔うということは、その人の人生に敬意を示すことだ。片手間でやってはならない。誠心誠意その人と向き合う。
深呼吸してまた手を動かす。弱音を吐くことは一度もなかった。
美雲の顔に陽が当たる。
(まぶしい)
朝日が完全に上ったのだ。朝が来た。長い長い夜が明けた。
朝日が昇ると、昨夜の騒動で山や隣町まで散り散りに逃げ切っていた町人が数人帰ってきた。
生き残った人々は町の光景を目の前に絶句した。その光景の片隅で死者を運んでいる女がいる。その小さい身体では支えきれないような大きな大人の身体を背負い、ゆっくりゆっくりを運んでいる。
墓場泥棒かと一瞬いぶかしげな思いを抱いたが、その疑念はすぐに払拭される。
その女は死者を丁寧に丁寧に扱っていた。死者の衣服を整え、声をかけながら運ぶ。見られていることにも気づかず、前にいる死者だけに向き合っている。
「…美雲ちゃんか…?」
町に戻ってきた人の中から声がかかる。
名前を呼ばれて初めて、美雲は人の気配に気づいた。
町で生き残っている人がいた。美雲の視界は滲む。
( …よかった )
鬼の犠牲にならなかった人がいた。よかった、本当に。