第2章 消えた雨粒
「富岡さん…。今日の事本当に感謝します。母の最期がつらいものじゃなくてよかった…。恩は忘れません。」
美雲を見やる。その言葉が本意なのか探るような視線だった。目をそらすことなく見つめ返す。
他意などないことを感じたのか、富岡はため息をつく。
「恩などいらない。自分がやるべきことをしたまでだ。」
「鬼はたくさんいるんでしょうか」
「今こうしている間も鬼は増える。そして、鬼に襲われる人々も増えている。」
「鬼はいなくならないのですか」
「鬼を滅するために俺は刀を振るっている。」
美雲は口を閉じる。
私は鬼の存在は知らなかった。でもこの世には鬼がいて、その犠牲になっている人々がいる。その事実は今日の出来事を経て痛いほどに理解した。
そして、その鬼を倒そうとしている人がいる。
自分の知らなかった世界があることを知った。自分の見てきた世界、知っている現実は余りにも狭いものだった。
聞きたいことは山ほどあった。なにから聞いていいか迷うほどに。
しかし、のんびり話している時間などなかった。
「山向こうで鬼が出ていると聞いている。俺はそこへ向かう。死者の弔いを手伝えないこと、申し訳なく思う。」
会話はそこまでだった。そう言い残すと富岡はスッと姿を消した。