第2章 消えた雨粒
そこには何もない。
風も吹かない。物音もしない。無の世界。
降り続いているはずの雨も、その海には降っていない。
水面はうごかない。雨が水面に落ちても波紋は生じない。
氷の蓮華もパラパラを崩れ、消えていく。
美雲はそこから動けなかった____
それは”母”も同じだった。
彼の間合いで、血濡れた肌も着物もそのままに、遠くを眺めて立っていた。
その姿を見ていると”母”がゆっくりと美雲をみる。目が合う。…そして、口がかすかに動く。
( ごめんね )
”母”が一筋の涙を流す。
そのまま彼に向き直り、凛と立つ。
彼は”母”と向き合い、構える。
「 水の呼吸 伍ノ型 干天の慈雨 」
母の首が飛ぶ。美雲は目をつぶってしまいそうになるのを堪える。母の最期を見届けなければ。
母の表情は苦痛で歪むことなく、穏やかだった。それは、すべてが終わったのだという安堵の表情にも見えた。
優しく、優しく、微笑んでいた。
母の亡骸は灰のようになり骨も残さず消えていった。
形見はない。けど思い出はここにある。
美雲はそっと両手を胸にあてた。
「…ありがとうございました」
彼にお礼を伝える。すべてを終わらせてくれたこと。
母の最期を苦しいものにしないでくれたこと。
「…ああ」
彼は美雲をちらりと見ると、すぐに視線を外した。
「…あの、よろしければお名前を」
彼は少し考えた後、答えた。
「…富岡義勇だ」