第17章 芽生え -恋と蛇-
「失いたくないと思うからこそ、より愛おしく、大切に出来る。…人の恋路などどうでもいい、相手が冨岡なら尚更だ。折角の暇を冨岡と過ごすなどまっぴらだ。行こう、甘露路。」
「そ、そうね!またね美雲ちゃん!頑張ってね!」
甘露路に肩をパシッと叩かれる。見た目以上の力に思わずよろめいた。少し前を歩いていた冨岡にぶつかる。彼の腕が支えてくれた。
「やだ!ごめんなさい!」
「…大丈夫か?」
「…はい。ありがとうございます。」
ワタワタと甘露路に謝られた後、伊黒と甘露路は2人並んで町の雑踏に消えていった。
2人がいなくなった後、サッと彼の腕は離れていった。歩きだした冨岡の少し後ろを歩く。美雲は伊黒に言われた事を思い返していた。
(全てを犠牲にしてもいい存在…。失いたくないと思うから、愛おしく、大切に出来る…。私の失いたくないもの…。
…んー。)
ドスッ!
考えながら歩いていたら急に何かにぶつかった。
「わっ!! …と、冨岡さん??」
ぶつかったのは冨岡だった。いつのまにかこちらを向いており、冨岡の胸板にぶつかったようだ。
顔を上げれば、すぐ近くに冨岡の顔がある。間近で交わる視線に吸い込まれたように目が離せなくなる。鼓動が早まり、身体の中心からじわじわと熱を持ち、胸がきゅんと苦しくなる。
「…どうした?」
「な、なにがですか?」
高鳴る胸を必死に抑えて、声を絞り出す。
「ずっと難しい顔をしている。」
彼の真っ直ぐな瞳。彼の瞳に自分が映っている。
「…少し考え事をしていました。大丈夫です。」
「そうか。何かあれば言え。…行くぞ。」
彼の視線が離れる。身体の熱が冷めていく。離れていく存在に寂しさを覚える。考えるよりも先に身体が動く。
歩き出そうとしている彼の羽織の袖を掴んだ。驚いた素ぶりもなく、彼は足を止め振り向く。
彼の視線が自分に戻ってくる。
この視線を自分だけに向けてほしい。
ただそう願ってしまう。
「…? どうした?」
少し首を傾げこちらを見ている。涼やかだが優しい瞳。
ああ、
彼と離れたくない。この瞳を守りたい。
こんなにも大切と思っていたなんて。
たまらなく愛おしい。失いたくない。
私…
冨岡さんのことが好きだ_____