第17章 芽生え -恋と蛇-
少しすると店主が定食を運んできた。大きな盆を机に2つ置く。
「はいよ!日替わり定食お待ち!今日はおばんざい定食だよ!」
盆の上には様々なおかずが小鉢に少しずつ載っていた。小鉢は色とりどりで見ているだけでわくわくする。
「わぁ!とっても美味しそうですね!どれから食べようか迷っちゃいますね。」
美雲は食事を前に目を輝かせた。
揚げ出し豆腐にほうれん草のお浸し、筍の煮物、ひじき煮などなど、どれから食べようか悩ましい。
美雲と冨岡は手を合わせる。
「「頂きます。」」
美雲は里芋の煮っころがしから箸をつけた。今は柔らかく、味がじわりと口の中に広がる。
「ん〜!美味しいですね!」
そう冨岡に声をかけると、表情は変えないが同意するかのように頷いた。その姿にこの店を選んで良かったと嬉しくなる。
そして冨岡が1番に箸をつけていたのは、鮭と大根の煮物だった。その小鉢だけ既に食べ終わり空っぽだ。
「鮭大根好きなんですか?私のもどうぞ!」
自分の盆に乗った鮭大根の小鉢を冨岡の方へ差し出した。冨岡はその小鉢に視線を落とした後、自分の盆から里芋の煮っころがしの小鉢を美雲の方へ寄越した。
「交換ですね!」
思わずふふふと少し笑みをこぼす。冨岡は差し出された鮭大根に早速箸をつけていた。
「好きなんですね、今度お家でも作りますね!」
「…ああ。」
黙々と食べ進める冨岡の姿を少し見つめた後、美雲も箸を進めた。
食事中特に会話はしない。屋敷でもそうだ。
無理に会話を作る必要はない。無言や冷たい態度が辛かったあの頃とは違う。冨岡が口を開かなくても、居心地の悪さはない。
変わらない彼がそこに居てくれることが心地いいとさえ感じる。