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君に届くまで

第84章 新たな拠点、新撰組



「ふん、馬鹿にしてくれるわ。」

伊東の忌々しげな台詞と共に、食器ががちゃん、と乱暴に置かれる音が響く。
と、その時、慌ただしい足音が近づいてきた。

「伊東さん、すみません。例の女を見失ってしまいました。」

女というキーワードで自分の事だと悟る。
おそらく声の主は自分を見張っていた奴なのだろう、と彼女は思う。

「小娘一人に撒かれるとは鍛錬が足りないのではなくて?」

虫の居所が悪いらしい伊藤はイライラと刺々しい言葉を吐き出していく。

「情報は武器だと教えたでしょう?あなたは小娘を見逃した事で土方達に温情を与えた事になるのよ?分かってるの?」

「申し訳、ございません…。」

「それとも何?あなたは私達に含むところでもあるの?」

「め、滅相もない…!」

「裏切り者は要らないわ。」

「もう一度、もう一度だけ機会をください…!次こそは…!」

「…そう。ならば性根を据えてかかることね。さもなくば、」

キシ…

レンはうっかりと、足元を鳴らしてしまう。
小さな音だった筈なのだが、不自然に会話が止まってしまった。

―気づかれたか?

レンが息を殺して出方を伺っていると、足音と共にガチャっという聞き慣れた音が響く。
次いで、ぶすっという音と共に刃の先がすぐ側で生える。
と思ったら、それはさっと消えて、ぶすっとまたすぐ側の違う所に生えた。
どうやら位置を把握されているらしい。

―勘がいいんだな…。

レンは、そっと梁から垂木へと移り、半分逆さまとなった。
その間、更にぶすりと追撃される。

「ふむ…。手応えがないわね。」

ずぶっと引き抜かれた隙間から僅かに伊東の姿が見える。
その時丁度良く、チュウ、と鳴きながら鼠が走り去った。

「ただのネズミだったのかしら…?」

伊藤の呟きと共にガチャガチャっと刀―おそらくは槍だろうーが置かれる音がする。
どうやら諦めたらしい。
レンはそっと息を吐くと、そろりとその場を離れた。

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