第84章 新たな拠点、新撰組
伊藤派の居住区は全体的に東側に位置していた。
東側は西側と違い小綺麗な印象だ。
成程、まるで表と裏。それはそのまま勢力図を示している。
レンはそろりそろりと見て回る。
すると、正門に程近い部屋の中に伊東の姿を捉えた。
どうやら一人で酒を飲んでいるらしい。彼の側には小さな徳利が二本、お盆に乗せて置いてある。
隣の部屋は明かりがついておらず、屋根裏に入れそうだ。
彼女はそっと忍び込むと、するりと屋根裏へと入り込む。
伊東の部屋の上まで来ると、声がはっきりと聞こえてきた。
一人でいるのだと思っていたら、どうやら来客がいるらしい。
伊藤ではない男の声は、部屋の端から聞こえる。ということは、障子の裏か襖の側か。いずれにしろ、姿は隠したいとみえる。
「急に呼び出すとはどういう事だ?」
「あら、随分だこと。あなたは私のお陰でここにいられるのでしょう?」
「ちっ…。事あるごとに盾にしやがって。」
男の言葉に伊藤はくすりと笑う。
「それで?その後、例の人にはお目通は叶ったの?」
「さぁな…。」
「確か来月の中頃、だったからしら。また会いに行くのでしょう?」
「…知ってるんじゃないか。」
「その時には、勿論私も参席しても構わないのよね?」
「あの人からの返答はまだない。」
「これだけの働きをしているんだから、評価されて然るべきでしょう。」
「それを俺に言って何になる?」
「だからこそ、話を通してくれてもいいのではなくて?」
「話はしたさ。だが、あの人次第だからな。これ以上はどうにも出来ない。」
その言葉に、空気が僅かにぴりりと張り詰め、沈黙が流れた。
「…私は気が長い方ではないのよ。話が進まないのであればこちらもそれなりに考えるまでよ。」
伊東の言葉に、男は鼻で笑う。
「…やってみるがいいさ。やれるもんならな。」
台詞と共に、がさがさと人の立ち上がる音がして、静かな足音が遠ざかっていく。
どうやら来客が去ったらしい。