第20章 きみの最低を忘れない
「『何も無かったことにしたくない。他の誰もが忘れても、あの人が此処で立派に隊長を務めていたことを、確かに此処に居たことを、自分だけは覚えておかなければならない』」
「!、イヅルそれ、」
「はい。以前、貴女自身が口にした言葉です。---僕も同じ気持ちです。貴女が此処に居たことを、隊長として隊士に慕われていたことを、僕も覚えていたい。だから、…っ無かったことにしようとしないで下さい…!」
なんでも良いから、何かを形として残して行ってほしい。希望が欲しい。期待させてほしい。貴女が戻ってくるかもしれないと、思わせてほしい。
「---イヅル」
身体を離した隊長が、僕にある物を手渡す。
「私の負けや。いつの間にか、こない強くなってたんやね」
「隊長、これは……」
「私の大事なモンや。本当は捨てて行こ思うてたんやけど、これはイヅルに預けとく」
三番隊の隊首羽織。市丸隊長がいつも着ていた、隊長としての象徴。
「こんな大切な物を、僕に?」
「せや。イヅルが持ってて」
それが重荷になった時はさっさと捨てぇよ、と隊長は笑う。捨てるわけがない。こんな大事な物を、僕に預けてくれた。それが嬉しくて、けれど別れの時を実感して悲しくなる。
「こない隊長でも、慕ってくれてありがとう。イヅルは私ん誇りや」
涙が止まらない。最期の別れでもあるまいに、どうしてそのような事を言うのだろう。行かないでくれと、みっともなく泣いて縋りたい。けれどそれは隊長を困らせることになる。この人を信じて送り出すことも、副官の務めなのだ。
「僕は、貴女の帰りをずっと待っていますから。---どうかお気を付けて」
ゆらり、隊長の瞳が揺れる。本当に、最後まで泣きそうな顔をして、酷く甘ったるく笑う人だ。ずるい人だと、いつも思う。それでこそ、僕の大好きな、僕の信じる、市丸隊長なのだ。
「次に目ェ覚ました時は、いろいろ終わっとるはずやから、ちょっとの間……おやすみ、イヅル」
目元に手を翳され、優しい声で囁かれる。市丸隊長から受け取った隊首羽織をしっかりと握り締めながら、僕は意識を手放した。
(信じています、市丸隊長…--)
きみの最低を忘れない
(僕だけは、貴女が確かに此処に居たことを、無かったことにはしないから)