第20章 きみの最低を忘れない
ふと、此処に向かってくる霊圧を感じ、思考を遮断する。この木陰を思わせる静かで落ち着いた霊圧は、イヅルのものだ。結界は藍染隊長専用バリアであるため、イヅルが此処に来れることに疑問はない。が、どうしたのだろうか。
「市丸隊長、」
「…ええよ、入っておいで」
そっと襖を開け、イヅルが遠慮がちに入ってくる。寝られへんの?揶揄うように笑って言えど、彼の反応は返ってこない。いつもならムッと顔を歪めて反論してくるはずなのに、おかしい。そこで彼の視線の先に気付く。イヅルの目には、轟々と燃える炎しか映っていない。
「っ、」
イヅルが炎の下まで走り、火を消そうと試みる。しかしそれは叶わない。その炎は"廃炎"、鬼道を用いたものであるから容易には消せないのだ。それを察してか、イヅルが炎の中に手を突っ込む。何て危なっかしいことを!焦って、瞬歩で近寄り急いで炎から遠ざける。
「何してんねやイヅル、腕無いなるとこやったで!」
「…っそれは僕のセリフです!何故、何故貴女の大事な物を、」
部屋に入った瞬間、黒い炎が見えた。何を燃やしているのだろうと目を凝らすと、その中に、かつて市丸隊長と朽木隊長が好んで使っていた湯呑みが見えて。その瞬間、自分でも無謀だったとは思うが、炎の中に手を突っ込んでいた。(それは、捨ててはならないものではないのですか、)すぐに市丸隊長に引き戻され、回道で治療を施される。
「市丸隊長、僕は、」
透き通るような色素の薄い肌に、うっすらと疲労が浮かんでいる。困ったように笑う隊長に、ぎゅっと胸を掴まれる感覚を覚える。そうだ、いつだってこの人は、大切なことは何一つ教えてくれないのだ。
「僕は、貴女を信じています」
眉を寄せて、困ったなァと微笑む隊長。
「貴女が何を考えていようと、誰に手をかけようと、どんなに変わろうと、僕は貴女を信じます」
「…私、さっき雛森チャンを危うく殺すところやったで」
「何を言ってるんですか。僕を舐めないで下さい、…貴女が雛森君を殺すはずがない。どうせ松本さんが駆け付けているのを見て、タイミングを見計らっていたんでしょう」