第11章 それは哀しみの雨
しとしと、しとしと、雨が緩やかに降る。廊下の途中で立ち止まってその様をボーッと眺めていた。雨は好きだ、罪も血も何もかも洗い流してくれる…ように思わせてくれるから。ふと思い立って手摺りから身を乗り出し、雨を掬うように手を伸ばす。
「っ、何をしている!」
厳しい声と共に手をグッと引かれ、元の位置に戻された。バランスがとれずに少しよろける身体を遠慮がちに支えられ、体勢を整える。私の手を引っ張って引き戻したのは、少し年上の彼女。冷たい様に見えて、橙のように温かい霊圧をしている人。その霊圧が少しだけ乱れているのを感じ、クスリと微笑した。
「何やの、二番隊長サン」
「それはこちらの台詞だ馬鹿者」
目をキッと鋭くさせて怒っているらしい彼女は、未だに掴んでいる私の手に力をギリギリと込める。
「いた、ちょ、痛いんやけど」
痛がる私を物ともせず、更に力を強める彼女。眉間に皺が寄っている。
「………あのように身を乗り出し…、貴様は何をしようとしていた」
「あら、もしかして投身する思うた?雨がよう降ってるなぁて思うて、ただその滴を手に乗せたかっただけやのに」
「……」
スッと手が放され、呆れたというように大きな溜息を零された。
「そない大きな溜息吐いたら幸せ逃げるでぇ?」
揶揄うように笑って言うと、わかりやすい彼女は、嫌悪感丸出しの表情で私を睨む。
「相変わらず嫌な奴だ、貴様は」
パッと顔を逸らされた。"棄てる"前までは、彼女とは割と仲良くしていた。悲劇を共有することは時に計り知れない情を生む。以前までは、私と彼女はまさにそれだった。100年前のあの日に、大切なものを失った者同士、置いていかれた者同士、互いに弱音を吐ける存在だったように思う。私が加害者側だと知ったら、彼女はどんな顔をするのだろうか。恐れながら接していたことが懐かしい。見ての通り私はもう棄ててしまって、彼女は憧れの人を憎もうとすることでバランスを取っているのだけれど。
「今日はええ天気やね」
暗い空を見上げる。先程まではしとしとと緩やかに降っていたのに、今や雷鳴が轟かんばかりの大雨になってしまっていた。これのどこがいい天気なのだと律儀にも返してくれる二番隊長サン。…何だかんだ言って、本当に、嗚呼。
「―――…ええ天気やん」