第10章 すべてを取るなんて許されない
鋭く賢い彼に“さようなら”の意味を感づかれる前に、隊首室の襖をぴしゃりと閉めた。最後に、彼の顔を直視することは出来なかった。きっと、泣きそうな顔をしていたことが、バレてしまうから。少しすると、彼の霊圧が六番隊舎に向かって行くのを感知する。安堵の息をホッと一息付いて、壁に背を凭れ、ズルズルと座り込む。
「…今まで、ありがとさん」
どんなに大切に思っていようとも、その終わりはいつだって呆気ない。
「……これで、もう後には引き返されへんなぁ」
苦しい。
「…これでええんや」
全てを捨てることを選んだ。平子隊長への冷めない想いも、中途半端で曖昧な白哉クンへの想いも、愛憎入り混じる藍染隊長への想いも、全てを捨てようと決めた。情も迷いも弱さも、全てを。あの花と共に、あの場所に置いて行こうと。これからはただ、私はいつものように胡散臭い奴を演じていれば良い。もう大切なものを増やさないように。もう、棄てないで、済むように。目的さえ忘れなければ良い。乱菊が奪われたものを取り返すというエゴに、二重スパイという大義名分を抱えて、奔走すれば良い。
「迷ってるヒマなんて、もうあらへんのや」
これからは任務以外で白哉クンの隣に立つことはできない。話し掛けることも、接することも、避けられるだけ避けなければ。
もう、今日までの私はいない。
「………………さいなら乱菊、さいなら白哉クン、さいなら平子隊長、さいなら…藍染隊長」
乱菊への情を底へと押し込む。白哉クンへの中途半端な想いと執着を折る。平子隊長への懺悔と思慕を踏み千切る。藍染隊長への憐れみと愛おしさを殺める。その他の、大切なものを粉々にする。
すべてを消し去って、“市丸愛美”は再始動する。
すべてを取るなんて許されない
(それならば全て、棄ててやる)
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(私が離れても彼は悲しまない)
(君のこと、大好きだったよ)