第9章 想い人、圏外
常に人の好い顔をして、どんなに辛くても“大丈夫”が口癖だった市丸。そんなあいつの凍てついた心を少しでもいいから溶かしてくれている奴がいてくれるならば、俺もこんなにあいつのことを考えず、安心できるのに。大切なものが増えていると良い、貼り付けたような笑みではなく、心から笑ってくれていると良い。……それはそれで少し悔しいような気もするが、俺はもうあいつを抱きしめることも手元に置いておくこともできないから。お節介も焼けやしないから。だからただ願うだけ。だからただ、信じるだけ―――いつか真実を全て話してくれることを。そして、聞きたい。あの“ごめんなさい”はどんな意味だったのかを。
「愛美、」
今この瞬間、どこかであいつが、泣いている気がする。
想い人、圏外
(百年が経った。記憶とは薄れるもので、ヒトとは成長するもので、今のあいつがどんな女に成長したのかを知る術はなくて。ただ、泣いていなければ良い。無理していなければ良い。願うことしか、できない)