第6章 この世界は誰にも優しくない
此処は四番隊の特別な療養室で、いつ誰が私の様子を見に来てもおかしくないのに、藍染隊長はいつもの黒縁眼鏡を外し前髪を掻き上げている。―――本性を出している時の藍染隊長だ。
「すんません、少し睡眠不足だったみたいです。…ほんで、珍しいのは藍染隊長も同じやありまへん?ええんですの、"それ"」
「ああ、此処には誰も入れないようにしてある。万が一入れたとしても、いつもの私に見えるだろう」
鏡花水月の能力、か。
「愛美」
「はい、…っ!?」
名前を呼ばれて返事をすると、比較的優しい力で藍染隊長に抱きしめられる。……あたたかい。どうすればいいのかよく分からないけれど、取りあえず背中に腕を回した。そうすると彼の腕の力が更に強くなって、少し苦しくなる。…冷酷なくせに、どうしてこうも温かいのだろう。
「…………あれから100年以上が経っていてもなお、君はまだ平子真子を想うのか」
切ない響きを孕んだ声が心に侵食していく。私は平子隊長が好きだった。けど、それは恋愛感情ではなくただの憧憬だと分かっている。けれど、意外なことに、藍染隊長は分かっていないのだ。人の心を読むことに長け、思いのままに操ることができるくせに、こういう些細なミスがあるから、だからこそ、余計に愛おしくなってしまう。
「いいかい愛美、君がどんなに想おうが…平子真子はもういないんだ。―――私を想え」
「あ、いぜん、隊長……」
どうしてそんなに、苦しそうな声を出すの。
「平子真子ではなく、朽木白哉でもなく、私だけを………君は私だけを想えば良い」
自惚れているわけではないけれど、きっとこれは本気なのだ。藍染隊長はいつからかずっと、私を愛してくれている。………彼が愛おしい。愛というものを知らなかった彼が愛というものを初めて知ったのに、それを踏み躙ることなど到底出来ない。彼が愛おしい。だけど、彼の想いには応えられそうにないのだ。応えてしまったら、私が今まで頑張ってきた意味が、藍染隊長を殺して大切なものを奪い返すという私の執念(よりどころ)が、無くなってしまう。