第1章 かくれんぼ(謙信)
「なんだ、密会か?幸、命を粗末にしたい程に夜長が愛らしいのは認めるが、俺の腹心としての忠義の薄さに俺は傷つくぞ?謙信に斬られる程の覚悟があるのは立派だが」
そっと襖を閉めてにやりと笑う信玄が軽口を言う。
幸村と夜長は深く息を吐いて緊張を緩める。
「焦ったぁ~……」
「私も……」
二人の様子に信玄が面白がる。
「幸の部屋から秘め事の雰囲気を感じてな」
「女が少しでも絡むと本当に耳聡いですね」
幸村が顔をしかめて言う。
「当然だ。それに、お前のような免疫の無い一本気な男がどんな乙女を引き入れたか興味があったからな」
「信玄様、これは」
「分かっている。どんな事情だ?」
鷹揚に遮る信玄に夜長は気を抜く。
幸村と二人で声を潜めていても、信玄は最初から子供の悪事を揶揄う程度にしか構えていない。
「あのですね、謙信様とかくれんぼをしていて、逃げている最中なんです。信玄様はお部屋にいていただかないと困りますよ。きっと足止めをしてくださると思ったのに」
あてが外れた夜長は焦ってしまう。
想定した人数の一人分、時間が迫ってしまう。
「かくれんぼとは和むことをする。……俺がここで幸と碁でも打っていれば不自然でも無かろうよ。どうせ謙信のことだから針子部屋や佐助あたりから探すはずだ」
皆同じ事を考える。
「城内にかくれ場所が限られているのであまり悠長にもしていられないんです。幸村の部屋は最後だと思ったのに信玄様がこちらへ来てしまったら謙信様がすぐ思い当たってしまいます」
落ち着かない夜長に信玄は笑う。
「夜長、謙信は率直で大胆だが、勝負事となればあらゆる可能性を潰して回る。俺の部屋が留守なら幸の部屋、とは行かんだろう」
「え?」
「俺が君に頼まれたら味方をしてやるだろうという可能性を考えて、まずは俺の部屋の隅々、床下天井裏まで探すはずだ」
「……徹底的ですね」
感心しつつも呆れてしまう。
いくら勝負とはいえ、たかがかくれんぼだ。
そんな夜長に信玄は笑顔のまま話す。
「戦略家としての謙信の柔軟さと決断力は神がかっているからな。勘も恐ろしく鋭い上に運まで持ってるから敵わん。他愛のない遊びでも勝ち負けが掛かればば全力で勝ちにくるぞ。最短で最大の成果を狙う男だからな」