• テキストサイズ

【イケメン戦国】雑記こもごも—短編集―

第3章 名月や(謙信)


「わざわざお前達と月を見なければならないのか?」

不機嫌に酒を仰ぐ謙信に構わず、信玄と幸村はくつろいでいる。
謙信の不機嫌な表情や仏頂面は見慣れている。
むしろ戦で猛る不敵な笑み以外の、穏やかな普通の微笑を時折でも見せる方が驚くばかりだ。

「どうせ夜長は月見をしたがるだろうと思ってあてにして来たんだが。案の定で良かった。良い酒にありつける」
信玄が満足げに月を見上げる。
天守には秋の屏風が立てられ、尾花や団子も用意されている。
「きっといらっしゃると私も思ってました。どうぞ」
信玄に徳利を持って微笑む夜長は十五夜らしく、裾に兎と尾花の染め抜きをした黒い着物を着ていた。
金糸と銀糸で刺繍をした帯が黒を引き立て、まるで夜空の様である。
「天女の酌とは有り難い」
鷹揚に笑って信玄は夜長の酌を受けた。
「幸村も一献」
「……悪いな」
「どうして?お客様じゃない」
「いや、……謙信様の殺気が勇ましくて、つい当てられてしまった」
幸村の言葉に信玄が笑い、謙信は更に不機嫌になる。
「分かっているならさっさと飲んでさっさと帰れ」
手酌でぐいぐい飲む謙信に夜長は困った顔で「謙信様」と声を掛ける。
「気にするな。謙信が笑顔で歓迎するなど端から期待していない。むしろそんな事をされたら命を取る腹づもりかと身構えてしまう」
信玄は本当に気にしていない様子で言う。
「煩い。……夜長、客をもてなす気遣いは立派だが、俺の酌をしないのは何故だ?」
不機嫌な声で言う謙信に普段ならどうしたものかと慌てるが、客がいる今は接待も礼儀の内だと、困りながらも幸村の酌を優先する。
「それは、謙信様が飲む調子でお酌をしていたらきりが無いからです。お酒を用意するのが精一杯です」
幸村に酌を終えて謙信の隣に戻る。
謙信は夜長が隣に座ると、ようやく戻ってきたと軽く髪を梳いてから肩を抱き寄せる。
特に意識するでもなく夜長を自分に引き寄せて、体重を掛けさせ、体温を感じたくなるのだ。
普段なら夜長も気にしないが、人前とあればやはり気になる。

やや姿勢を正しながら謙信の肩をそっと押す。
「どうせ量を減らしてくださらないなら、いっその事どんぶりで飲めばいいじゃないですか。それなら一升瓶でも酒樽でもお持ちして注いで差し上げられます」
/ 39ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp