第11章 帰ってきたオオサカ
「悪い電話だ」
天谷奴さんはスマホを片手に席を外した。
あの人が劇場にきたらテレビ局のお偉いさんでも来たのかと思われそうだ。
「俺もちょっとトイレ行ってきます」
一つしかない個室のトイレに入ると外から天谷奴さんらしき声がした。
近くで電話をしているんだろう。
しばらくすると電話が終わったのか声が聞こえなくなった。
気を使って出るのを待っていたがもういいだろうと、ドアを開けると目の前にいた人物とサングラス越しに目があった。
「うわっ!」
「よう兄ちゃん」
「天谷奴さんいたんですか……」
「なあ兄ちゃん、今の電話聞こえたか?」
「え……?」
「どうなんだ?」
「聞こえてないですけど……」
天谷奴さんはじっと俺を見定めているように見えた。
聞かれたくないならここで話さないでほしい。
「そんな苦い顔するなよ、聞こえてねぇなら良いんだ。食ったりしねぇから安心しな」
天谷奴さんは俺にぐっと近づき頭上から見下ろした。
ひぃ!食われるのは嫌だっ!
「な、なんですか」
この人苦手かも……かもじゃない苦手だ。
何を考えてるのかわからない。
「トウキョウでのライブ、楽しみにしてるぜ」
天谷奴さん近づいて初めて気付いた。
「天谷奴さんの目って……」
「遅い思たら何やってんねん!」
「うわ、簓さん!」
「零!に近づくなーーーー!」
「はいはい、心配しなくても男には興味ねえよ」
簓さんは俺が天谷奴さんに口説かれていると思ったみたいで、誤解を解くのが大変だった。
店を出ると盧笙さんと天谷奴さんに挨拶をして別れた。
簓さんと手を繋いで街を歩く。
簓さんがやりたかったことが現実になった。
すれ違う人達は俺達の存在に気付くがもう誰も驚いた顔をしていない。
簓さんは手に力を込めた、それに答えるように俺も握り返した。
「やっと手繋げるな、これが俺らの日常や」
「うん、ずっとね」
俺は白膠木簓という芸人に憧れた一般人だった。
そして今憧れた人と同じ職業に就いている。
簓さんの破天荒な行動に生活も一変したけど後悔なんてしてない。
俺はお笑い芸人。
皆を笑顔にするために舞台に立ち続ける。
終