第5章 理鶯さんは欲情する
当日、私は精一杯のおしゃれをして店の外に出た。ほとんど外に出ることがない私にとって、青空が眩しく、心地良い気分になる。
「待ってたぜ、咲」
ビルの前には、綺麗に磨かれた高級車の前で煙草をふかす左馬刻さんの姿があった。私は彼の前まで駆け寄り、頭を下げる。
「本日はご指名をいただきまして、ありがとうございます。よろしくお願いします」
顔を上げると、左馬刻さんは煙を吐き出し、可笑しそうに口端をつり上げた。
「こりゃまた、随分堅苦しい挨拶だな。まあ、俺様が相手じゃ無理もねえか。とりあえず車に乗れよ」
「はい」
左馬刻さんは助手席を指差すと、持っていた煙草を地面へ落とし、かかとで火を消して運転席へ回った。
私と左馬刻さんがそれぞれ車に乗り込むと、左馬刻さんはエンジンをかけ、車は滑らかに走り出して走行車線へ合流していく。
みなとみらいの町並みは昼間でも美しかった。海が見える場所を走っているだけで自分が自由になったような気持ちになる。
「最初に言っておくが、お前を指名したのは、俺の意志じゃない」
「えっ?」
混乱して左馬刻さんの方を見ると、彼は前を向いたまま、こう言った。
「理鶯の意志だ」