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49番目のあなた【D.Gray-man】

第18章  人の生



 すみれは薬瓶の蓋を明ける。
忘却薬だなんて。物騒な薬は意外にも薬らしからぬ、ほんのりと果実の甘い香りがした。


 「…っ」


 いっその事、全てを忘れたいと。
切に願うものの、薬瓶に口につけることができなかった。
 すみれの様子を見て看守が「ああ」と思い出すように言う。


 「心配は御無用。
衣食住と新たな仕事はこちらできちんと確保する」

 「…は、い」


 心配なんて微塵もなかった。

 (そもそも自分に明るい未来なんて、あるはずがない)

 飲んでしまおう。
 もう楽になりたい。

 そう思うのに、私は何を躊躇っているの?



 「…飲み……っ」


 黒の教団に思い入れなんて何一つ無い。
 しかし、ふと頭に疑問が過ぎる。


 (遠の昔に大切な両親を亡くした私にとって、普通の生活ってなんだろう?

 自分が関与した罪に目を瞑って、これからのうのうと、生きていくの…?)


 嘘だらけの日々の中でも、捨てられないものがあった。

 ディックと過ごした日々が走馬灯のように思い出される。それは両親との思い出の次に大切な記憶。太陽のような、底抜けに明るいディックの笑顔。


 (それさえも、消えてしまうの?)


 すみれの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。



 (――――嗚呼、無理だ)



 「飲め、ません…ッ」



 この罪を、大切な思い出を

 私は手放すことが出来ない



 すみれは顔を手で覆いながら、崩れ落ちるようにその場に座り込んでしまった。


 「…どんな事でもやります

 ―――――私を黒の教団に、置いてください」


 過去の幸せ―――思い出の中でしか、私は生きられない。ならばその思い出を抱きしめながら、此処で罪を償っていこう。この命が尽きるその日まで。







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