第8章 三日月スプーキー!【Malleus】
そう思った時。
「っきゃあああ!」
フワン、と体が宙に浮く。
内蔵が浮かび上がる嫌な感覚。
座っていたはずのソファが、ない。
…落ちている。
天井が監督生を押しつぶす寸前に床が抜け、暗闇へと垂直に落ちていく。
「きゃああああ!」
堪らず監督生は悲鳴をあげる。反射的に涙が吹き出す。
何かにつかまろうと、隣にいるはずのツノ太郎へ手を伸ばす。
…が、いない。彼女の手は宙を空振る。
「ツノ、」
何が起こっているの?
ツノ太郎は何処?
これは夢?
真っ暗闇を何処までも落ちていくが、一向に底は現れない。
かなり長い時間落ちているのに。
いつもみたいな不思議な夢なら、早く醒めて。
そう願い、監督生はギュッと目を瞑った。
◆
「高い所は好きか?」
監督生はハッとして目を開く。
ツノ太郎の声だ。彼の声が確かに聞こえたのだ。
気がつけば目の前には黒く大きな背中。
目下にはツイステッドワンダーランドの夜景。
頭上には鋭く光る三日月。
自分は細い棒のようなものに跨っていて、脚はブラリと放り出されている…。
監督生はひとつずつ、状況を把握しやっと理解した。
ここは空の上である。
自分は箒に乗って夜空を飛んでいる。
この箒を操る主は…
「ツノ太郎!」
どうして。
オンボロ寮の様子がおかしくなって、さっきまで暗闇を落下していて、それなのに。
今はツノ太郎の箒の後ろに乗っている。
「フフフ。高い所は好きか?」
「…嫌い」
「それは都合がいい。」
「きゃっ?!ツノ太郎、」
ツノ太郎は箒を斜めに傾け、進路を変えた。
急速にカーブをして一気に地面まで降下させていく。
「何してるの?!ちょっ…きゃぁっ!」
監督生は振り落とされては堪らないので、片方の手で箒を、もう片方でツノ太郎の制服をギュッと握りしめる。
ツノ太郎は振り返らなかったが、少し楽しんでいるように見える。
「…人の子」
「な、に」
「空を飛ぶのは初めてか」
「いいえ、初めてじゃない」
「では魔法がないというのにどう飛んだ?」
「カ、カリム先輩が、魔法の絨毯で」
「アジーム、か」
ツノ太郎は更にスピードを上げて地面スレスレまで降下し、目の前の森の中へと突っ込んで行った。
「きゃあああああっ!ツノ太郎!」