第17章 月がとっても青いから
「杏寿郎!!真夜中に何を騒いでおるかっ!」
案の定、寝間着姿の槇寿郎が廊下の奥から不機嫌そうな顔をして出てきた。
そして杏寿郎に担がれている咲の姿を見つけると、
「咲!帰ってきていたのか」
と頬を緩めた。
だがすぐにそういう状況ではないと我に返り、
「杏寿郎!危ないだろう。咲を降ろしなさい!」
と、今もまだ裸足のまま庭を跳ね回っている息子を叱りつけた。
だが杏寿郎はというと、それでシュンとするでもなく、ますます勢いを増して槇寿郎のもとへと駆け寄ってくると、満面の笑みを浮かべて言ったのだった。
「父上!!私と咲は、今ほど婚約いたしました!」
槇寿郎から僅かに遅れてやって来た千寿郎が見たのは、裸足のまま庭に降りて咲のことを担ぎ上げている兄と父の姿であった。
「あ、兄上っ!?父上っ!?何をなさっているのですか!!?危ないですよ!咲さんはお神輿じゃないんですから…っ」
千寿郎は飛び上がって言う。
「千!お前も来い!いや、めでたい!こんなにめでたいことはないぞ!」
自分がまだ年端もいかない頃の呼び名で槇寿郎から呼ばわれた千寿郎は、目を丸くする。
いつもは仏頂面の父が、初めて見るようなあけっぴろげな笑顔を浮かべて踊っていた。
その姿に思わず千寿郎の胸はジーンと温かくなってきて、なんのことやらまだ分からなかったが、涙で少しぼやけた視界のまま勢いよく縁側から飛び出していたのだった。