第118章 青い花の秘密
信長の思惑に気付いたからには、奴らはこの場を引き払うだろう。
御館様へ一刻も早く知らせねばならない。伊助がそう思った、その時だった。
「……誰だ」
低い声が廃寺に響いた。
伊助の背筋が凍る。
笠の男はゆっくりと天井へ視線を向けている。賊達が一斉に刀を抜いた。
(しまった……気づかれたか)
伊助は瓦を蹴ると同時に夜空へ跳んだ。
「逃がすな!」
怒号とともに、数人の賊が廃寺から飛び出してくる。
屋根から屋根へと駆ける伊助の背後を、鋭い手裏剣が風を切って飛んだ。
「っ!」
身を捻って避けた瞬間、黒い影が目の前へ降り立つ。
笠の男だった。
月光を背に立つその姿は、まるで闇そのものだった。
「ほぅ…信長の犬か」
静かな声には、僅かな興味が滲んでいた。
伊助は刀に手を掛け、男を真っ直ぐ見据える。
「答える義理はない」
夜風が二人の間を吹き抜ける。次の瞬間、月下で刃が火花を散らし、鋼が鳴る。甲高い音を響かせ、伊助は男の一太刀を受け止めた。
「くっ……」
まるで岩が落ちてきたような重い一撃だった。思わず刀を取り落としそうになるほどの衝撃が指先からビリビリと駆け抜ける。
鍔迫り合いになった瞬間、笠の奥から鋭い双眸が覗く。
次の瞬間、男は刀を滑らせるように力を逃がし、伊助の体勢を崩した。
「つっ……」
伊助は咄嗟に後方へ飛び退く。足元の屋根瓦が砕け散った。
(速い……)
ただ速いだけではない。男は一つ一つの動きに無駄がなく、こちらの動きを的確に読むように攻めてくる。
(この男…只者ではない)
伊助の胸に緊張が走る。その瞬間、男の姿が視界から消えた。
「……!?」
直後、背に気配を感じて振り向いた時には、鋭い刃が首筋へと迫っていた。
ガギィンッ!!
振り向きざま、間一髪で刀を合わせる。火花が夜闇を照らす。切先が触れて切れた髪が宙に舞う。
「ほぅ…やるな」
男は初めて口元を僅かに緩めた。
「だが、お前の役目は戦うことではあるまい」
「……それでも、お前を倒せば済む話だ」
伊助は苦笑しながら刀を構え直す。男は静かに首を振った。
「甘いな。忍び一人で何が出来る?」