第118章 青い花の秘密
秀吉は一瞬言葉を失い、やがて納得したように息を吐く。
「最初から、そのおつもりでしたか」
信長は鷹揚に頷いてみせると、刀を鞘にしまいながら言う。
「奴らを泳がせれば、花を狙う者の正体も、残る六つの行方も、一度に手繰り寄せられる」
その横で光秀がくすりと笑う。
「偽物一つで大魚を釣るとは、実に御館様らしい」
信長はそれには答えず、夜の闇へ目を細める。
屋根を駆ける黒い影は見る間に小さくなり、やがて森へと消えていった。静寂が戻り始めた境内で、信長は静かに命じる。
「伊助」
その名が呼ばれた途端、木陰から一つの影が音もなく姿を現した。
「ここに」
「奴らを追え」
「承知」
短く答えると、影は夜風に溶けるように消え、一瞬のうちに見えなくなった。秀吉が驚きに目を瞬かせる。
「伊助を……」
「奴らは兵ではない」
信長は静かに笑った。
「兵は足跡を残す。忍は影だけを残す」
光秀も頷く。
「気付かれぬまま巣穴に辿り着けば、敵は己が勝ったと思い込んだまま全てを晒すでしょう」
信長は篝火に照らされる本堂を一瞥した。緋色の瞳が鋭く細められる。
「さて…鬼が出るか蛇が出るか」
その頃――
森を駆ける賊達は息を弾ませながら笑っていた。
「やったな!」
「織田の兵も大したことねぇ」
懐に抱えた包みを何度も確かめ、男は口元を歪める。
「これでお頭もお喜びになる」
誰一人、自分達の背後に気配があることには気付かない。
木々を渡る風の音に紛れ、一つの影が一定の距離を保ちながら静かに追っていた。
本能寺を出た賊達は、夜明け前の深い森の奥へと姿を消した。
やがて木々の隙間に、朽ちかけた山寺が現れる。とうの昔に守り手のなくなった廃寺は、外から見れば全くひと気が感じられない。
だが、賊の一人が決められた手順で戸を叩くと、軋む音と共に内から扉がゆっくりと開いた。
扉の向こうから姿を見せたのは、あの笠の男だった。
「花は?」
「…ここに」
懐から布包みを取り出し広げて見せる。月明かりを受けて硝子の花が青白い光を放つ。
笠の男は目を細めて花を見つめてから、仲間達を小屋の中へと招き入れた。