第116章 嘘と駆け引き
ひゅっ、と朱里が息を呑む音が聞こえた瞬間、らしくもなく後悔の念が過った。
衣の下はぐるぐると幾重にも巻かれた白い包帯。傷は完全には塞がっていないのか、血が滲んできていた。
――こんな……。
言葉が喉に張り付いて、声にならない。
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、息をするのも苦しいほどだった。
目を逸らしてはいけないと分かっているのに、あまりの衝撃に視線が揺らぐ。
一方で信長は、そんな朱里の様子を見つめながら、内心では複雑な心境だった。
(やはり、見せるべきではなかった)
傷の痛みなど、いくらでも耐えられる。数々の戦場を潜り抜けて来た己の身体は、痛みを痛みとして感じなくなっている。
此度、生死の境を彷徨ったことも、過ぎてみれば大したことではなかった。
(朱里にこんな顔をさせることの方が、余程堪える)
眉を寄せ、ゆっくりと息を吐く。胸の奥がズキリと痛んだ。
「……大した傷ではない」
あくまで平静を装った声だが、信長の視線が僅かに揺れているのを朱里は見逃さなかった。
「……嘘、でしょう?」
ようやく絞り出した声は掠れ、震えていた。
自分でも驚くほど、指先が冷えている。
「…嘘ではない。これぐらい、すぐに治る」
「安静にしていれば、ですよね?」
朱里の言葉に信長は一瞬だけ言葉を失った。ほんの僅かだが、間が空いた。その沈黙が何より雄弁だった。
「……安静にしていれば、ですよね?」
重ねて問う朱里の声は、普段穏やかな彼女にしては珍しく、怒りの色を帯びていた。
「……している」
短く返されたその言葉に、朱里は首を横に振る。
「していません」
きっぱりとした否定。迷いのない声音だった。
信長の眉が僅かに寄る。
「戦から戻ってすぐに政務に戻られて、ほとんど休まれていないでしょう?夜もろくに眠っておられないのではないですか?」
「休息など無用だ」
「それでは治るものも治りません!現に傷が開いているではないですか!」
「…………」
珍しく強い口調で畳み掛けるように言われて、信長は口を閉ざす。
図星だったが、それを認めるわけにはいかなかった。
認めれば、更に心配させる。悲しませる。
「…貴様が案ずるほどのことではない」
あくまで突き放すように言う。
これ以上心配をかけたくない一心だったが、その冷たい声音に朱里の表情が悲しげに曇る。
