第116章 嘘と駆け引き
「如何した?」
家臣達に対する鋭い視線とは違う、柔らかな眼差しを向けられる。
軍議を中断させた私を咎めることもなく、落ち着いた穏やかな声音はどこか余裕すら感じられる。
(やっぱり私の気のせいだった…?)
昨夜感じた違和感など微塵も見せない信長の堂々たる姿に、急に自信が失くなり、足が竦んでしまう。
「朱里?」
それでも、先を促すような呼び掛けに応じないわけにはいかず、私は室内に足を踏み入れて深く頭を下げた。
「……お邪魔をしてしまい申し訳ございません。お取込み中とは存じましたが、どうしても確認したいことがあって…」
「貴様がそこまで言うとは珍しいな。急ぎの用か?」
静まり返った広間。家臣達の無言の視線が痛いほど集まる中でも、信長の余裕は常と変わらない。
「…………」
「構わぬ。申してみよ」
「……その前に、お人払いを…」
騒めく声が広間の彼方此方から聞こえる。突き刺さるような好奇の視線を感じて居た堪れないが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
「皆、下がれ」
低く、有無を言わせぬ声音に家臣達は一斉に頭を垂れ、静かに退出していく。重々しい襖が閉じられた途端、先程までの騒めきが嘘のように部屋はしんと静まり返った。
緊張で震える足に力を入れて、上座の信長様の下へと歩み寄る。
どこか変わったところはないか、些細な異変をも見逃すまいと視線は信長様から逸さなかった。
「貴様…俺を射殺す気か?」
物騒な言葉とは反対に、信長様の口調は愉しげで、口の端に笑みさえも浮かべている。
「揶揄わないで下さい。私はただ心配なだけで…」
「ほぅ?」
僅かに細められた双眸に射抜かれて、胸の奥がきゅっと締め付けられる。それでも逸らすわけにはいかないと、私は更に一歩歩み寄った。
「……昨夜、寝所にてご様子が少し違ったように感じました。もしや、どこか具合がお悪いのでは?」
「気のせいだ」
間髪入れずに返された言葉に、思わず息を呑む。疑惑が確信へと傾いていく。
「気のせいではありません」
こちらもきっぱりと言い切ると、信長の目が僅かに細められる。
「いきなりやって来て、何を言うかと思えば…くだらん」
はぁーっ、とわざとらしく大きな溜め息を吐いて鼻で笑われる。
「くだらなくなんて…私は本当に心配で…」