第116章 嘘と駆け引き
京から戻ってより後、信長は怪我の療養もそこそこに精力的に動いていた。
戦禍に見舞われた京の町や焼け落ちた御所の復興、各地の治安の回復など、急ぎ取り組まねばならない問題が山積みだった。
次々と上がってくる報告に速やかに対応し、時には自ら京へ赴き、復興の陣頭に立って指揮をするなど、それこそ目が回るような忙しさだった。
「御館様、少しお休み下さい。その…お身体に障りますゆえ…」
ろくに休憩も取らず動き回る信長に付き随いながら、秀吉は気が気ではなかった。
生死の境を彷徨うような大怪我を負いながら、京でも元就との激しい戦闘を戦い抜いた信長の強靭さには感服する。
だが、戦が終結した今、本音を言えば暫くは怪我の療養に専念してもらいたかった。
「秀吉」
ぎろりと鋭く睨まれて、秀吉は慌てて身を竦める。
執務室には主従二人しかいなかったが、信長の咎めるような視線を受けて、秀吉は何とも複雑な表情を浮かべる。
それというのも……
(あれだけの大きな怪我を負われて、まだろくに治ってもないのに城内の者には秘密にしろだなんて…御館様も無茶を言われる)
戦場では戦略上、厳しく箝口令を敷いていたが、勝利した今ならたとえ信長の負傷が公になっても、最早その権威に揺るぎはないだろうと思われたのだが……
「言葉に気を付けろ、秀吉」
「はっ!っ…しかし…」
表立って主を案じることができないのがもどかしい。
信長は怪我を負っている素振りすら見せないので、当然なから家臣や侍女達も気付いていない。
戦が終わり、城内は何事もなかったかのような平穏が戻っている。
「この程度の傷、すぐに治る。大仰にせずともよい」
「そう言われましても…」
確かに信長の胆力には目を見張るものがある。
この堂々たる体躯の下、傷がいまだ塞がっていないなどと、誰が想像できようか。
(家康からも静養するようきつく言われてるんだが‥…聞き入れては下さらないだろうな。御館様が言うことを聞いて下さる相手は朱里ぐらいだが……)
望みは薄いよなぁ…と、秀吉は心の中で諦めにも似た溜め息を吐く。
というのも……
何があろうとも、『朱里には絶対に気取られるな』というのが、信長の厳命だったからである。