第116章 嘘と駆け引き
「そんな顔をするな」
不安げな表情の朱里を宥めるように抱き寄せて、その額に口付けを落とす。
ちゅっ、と軽く触れ、啄むように何度も何度も口付ける。
「んっ…はっ、あっ…」
ーちゅっ、ちゅっ…
「んんっ…ちょっ…あ、あのぅ、信長様?何か…誤魔化そうとしてません?」
「んー?」
ーちゅっ…
「や…もぅ…ダメですよっ…」
降り注ぐ口付けの雨に、逃れようと身を捩るが、自由が効かない身体は容易く信長の腕の中に囚われる。
何となく上手くはぐらかされたような気がしてすっきりしないが、結局いつも信長には敵わないな、と密かに溜め息を吐く。
「俺のことなど、どうでもいいが…貴様はどうなのだ?怪我などしておらんだろうな?」
「えっ…?」
「よもや戦場で貴様の甲冑姿を見る事になるとはな。さすがの俺も肝を冷やしたぞ」
「それは…ごめんなさい。勝手なことをして。でも、私も何かお役に立ちたくて…」
「分かっている。だが、あまり無茶はするな。貴様の身に何かあれば、俺は…っ」
「信長様?」
信長はそれ以上は何も言わず、大事そうに朱里の髪を何度も撫でたのだった。
暫くの間、そうしてゆったりとした時間を過ごす。
日が高くなっても天主を訪れる者はなく、二人きりで寝所でゆっくりと過ごすのは本当に久しぶりだった。
少し後ろめたい気持ちになりながらも、それを上回る幸福感に酔いしれて、信長の腕の中から出られなかった。
(これからやるべきことは多いけど、今だけは何も考えないでこうしていたい。お傍にいられる幸せを噛み締めて…信長様のお疲れを少しでも癒して差し上げたい。冷たく凍った心も身体も、温めてあげたい。貴方が穏やかに眠れる夜を共に……)
射し込む陽の光が、寝所の中を柔らかく照らしていた。
戦の後に訪れた、ひと時の穏やかで満ち足りた時間。
(この時間が永遠に続けばいいのに…)
願わずにはいられなかった。
陽の光は少しずつ角度を変え、二人を包み込むように静かに揺れていた。
温かなぬくもりの中で、ただ寄り添いながら時を過ごす。
言葉にせずとも同じ時を感じている。それだけで全てが満たされていくような気がした。