第116章 嘘と駆け引き
(ん…暑い…)
寝苦しさから意識が浮上する。布団の上で身動ぐと、肌がじっとりと汗ばんでいるのが分かる。
(あ…信長様…)
目覚めれば信長の腕の中だった。
頭の上で寝息が聞こえる。珍しく信長もまだ眠っているようだった。
(昨日は京から戻って、それから信長様と…って、もう朝なの??)
障子越しに射し込む陽射しは暑さを感じるぐらいに眩しかった。
慌てて身を起こそうとするが……
「うっ……」
身体のあちこちがギシギシと軋んで悲鳴を上げる。
戦場での疲労と昨夜の濃密な情事の余韻が残る身体は、自分のものではないかのように自由が効かなかった。
(あちこち痛くて…う、動けないっ…)
「無理するな。まだ休んでおればよい」
「えっ…あっ、信長様…?」
いつの間に目覚めたのだろう。逞しい腕に腰を抱き寄せられて布団の中へと引き戻された。
「ごめんなさい…起こしてしまいましたか?」
「ん…?」
「信長様こそ、もっとゆっくりお休み下さい。お疲れでしょう?」
此度の戦の後処理に御所の再建、領地の治安維持にとやるべき事は早くも山積みだろうが、信長には少しでも身体を休めてほしかった。
昨夜は熱に溺れて身を任せてしまったために確かめられなかったが、怪我などしていないか、今更ながらに心配になる。
「疲れなど…昨夜の内に吹き飛んだわ」
「まぁ、またそんな戯言を…あの、お怪我などはされていませんか?」
言いながら信長の身体にさっと視線を巡らせる朱里に気取られぬよう、信長ははだけた着物の襟をさり気なく直す。
(戦場で鉄砲傷を受けた、などと知れば、こやつがどれほど心配することか…余計なことは知らずともよい)
傷はまだ全く塞がってないが、平気な顔して振る舞うことなど造作もない。
「俺を誰だと思ってる?怪我などしておらん」
「……本当に?」
疑わしいと言わんばかりの目を向けてくる朱里に苦笑いを溢す。
「なんだ、俺を疑うのか?」
「だ、だって…京ではあんなに酷い戦いでしたし…」
激しく燃える御所の炎が目に焼き付いて離れない。
いかに信長が強いとはいえ、あれほどの炎の中で戦って傷一つないとは思えなかった。
大きな怪我はなくとも、心配なものは心配なのだ。
(些細な怪我は人にも知らせない御方だから…心配だわ)