第1章 無遠慮な神様
男は存外丁寧に、慣れた様子で刀を持ち歩く。
あれは形見だ。
私を身体に放り込んでどこかに行ってしまった子供と、その子供の父の。私の師範の。
ふと、あの甘い匂いが濃くなった。
男が気にした様子はない。
この山では当たり前だったりするのだろうか。
「この、甘い匂いはなんだ?」
「甘い匂い?特に感じねぇが、どっちから匂ってるか分かるか?」
「彼方から」
何とはなしに指差した方に洞窟があった。
おかしい。こんなに近くにいたのに、洞窟があることに先程まで気付かなかった。
近寄ろうとして男に止められた。
「安易に近寄るな」
「…………っ?!」
洞窟の手前の巨木の上から何かが落ちてきた。
離れようと足に力を入れる前に、後ろから首根っこを掴まれ無理やり後退させられた。
「下がってろ、アレは鬼だ
人を食うから死にたくなけりゃ大人しく」
「……知ってる」
「あ?」
「鬼くらい、知ってる」
日の光に弱いはずの鬼が、昼間にこうして活動出来ているのは、おそらく木によって日の光が遮られているからだろう。
人喰い山には人喰い鬼がいたらしい。
「邪魔をするな。
俺はその餓鬼を食いてぇんだ」
「それは無理だな。
お前はここで死ぬ」
伸ばされた腕が断たれる。
「お前っ鬼狩りか!!!」
男は此方へ形見の刀を投げて寄越すと、鬼に向かって斬り掛かっていった。
鬼狩り。そういうものもいるのだな、とぼんやり考えていると鬼の腕が此方へ来ようとしていた。
男がそれを斬る前に反射的に刀を抜いて切り刻んだ。
「クソっお前も鬼狩りか?!」
「いや、私は鬼狩りではない」
「奇妙な餓鬼め。先程までも誘引効果に惹かれて崖から落ちたくせに、動揺一つしなかった」
「ああ、あの甘い香りか。
逆らう理由も感じなかったから従ってみたが、少し驚いた。結果的に受け身も取れたし問題ない」
「いや、派手に問題だろ」
男は器用にも鬼から目を離さないまま呆れた顔をした。