第1章 ダレカの記憶
「お兄ちゃん、一人でセントラルに行っちゃうの…?」
自分より11歳小さな妹。お気に入りのネズミのぬいぐるみを抱えて僕の手を握りぐずる妹。今にも行かないで、と言い出しそうなのに、分かっているからかそれは言わない利口な妹。
仕方ないと荷物を置いて小さな彼女を抱き上げる。
「お兄ちゃんは、寂しくないの?」
「もちろん寂しいですよ。だから、時々戻ってきます。その時は、一緒に遊んでくれますか?」
「…うん」
「ありがとう。それじゃあ、お兄ちゃんはもう行かないと行けませんから。××もいい子にして、お勉強も頑張るんですよ」
「…うん」
降ろして頭を撫でると、妹は少しもじもじとしていた。どうかしたのかと思ってみていると、目の前にぬいぐるみを突きつけられた。
「…お兄ちゃんに、あげる」
「僕に?でもこれは××の大切なものでしょう?」
「うん。だから、時々帰ってきて、会わせて?」
まあまあ、と少し眉を下げながら笑う両親と、一度言ったら聞かない頑固な妹に折れ、大人しくそれを受け取る。荷物がひとつ増えてしまった。
「分かりました。必ず、この子も連れて帰ってきますね」
「うん!」
ようやくご機嫌になった妹に両親も安心したのか、短く挨拶をして列車に乗り込む。
荷物を棚に乗せて席に座ると、すぐに列車は灰色の煙を吐き出した。少しずつ動き出す景色に、手を振る家族が見えなくなっていく。
士官学校に入るためにセントラルに移住した。
セントラルでの生活は、士官候補生は寮生活が義務づけられているから心配なかった。
着実に月日は経ち卒業して、無事に軍人となり昇進もした。仕事は誇りをもてるものだし、実に充実した日々だった。
しかし私は、手紙は書いたが一度として、故郷には戻らなかった。
あの日、私は全て故郷に置いてきたのだ。
今となっては顔も思い出せない家族たちを。