第1章 淡雪に燃ゆる想いを
side.猗窩座
俺の指先を伝って、真っ赤な血液が地面へ滴り落ちた。それは歩くたびに点々と赤い痕を土につけていく。
「手、怪我してるよ……」
女が後ろからそう言った。俺は手を強く振り払って血の雫を切る。
「俺の血じゃない」
黙り込む彼女が今何を考えているのかなど、俺には分からない。だけど静かに俺の後をついてくる。
「ありがとう…あの人見逃してくれて」
「お前の為にそうした訳ではない。そもそも俺は女は殺さない」
「じゃあさっき、助けてくれてありがとう」
あたしの頭を押したのは刀が首に触れないようにでしょと彼女が言う。立ち止まった俺は花子を振り返った。
「お前は鬼殺隊を殺すなと言ったが、お前を殺そうとしたのはあの女だ」
剣の音すらも見切れないこの弱い鬼だ、恐らく誰に狙われたかなど分からなかったのだろう。唐突な俺の言葉に少しばかり傷付いた顔をした彼女だったが、膨れっ面のまま俯く。
「…別に、いいよ。殺されてないし」
なぜ彼女はこうなのか。弱そうなその表情も、受け止める態度も、何もとがめない台詞も、やはり全てが癪に触る。
「何をそんなに怒ってるの?あの人にはもう戦う意志が無かったのに殺してしまうのはおかしいよ」
「鬼殺隊を殺さないお前がおかしい。普通じゃない」
言い切った。悪意を持って傷つく言葉を選んだ。だが彼女は先程と打って変わって、俺のことを鋭い眼で見上げた。
「普通なんかじゃなくて良い。それならあたしはおかしくてもいいよ」
ブレない気丈な花子の瞳に俺の心臓が微かに揺れる。本当に彼女は鬼なのだろうか、脆弱でか細くて朧げで、だが芯の強さを感じる。自分の中の何かを見透かされそうで怖い。俺は咄嗟に視線を逸らしてまた歩き出す。
「やっぱり俺はお前が嫌いだ」
「あたしは嫌いじゃないけど」
「本当になんなんだお前は。簡単に男を誘うのは下品だ」
「いや、好きだとは言ってないよ」
「やっぱりイラつく女だな……」
また懲りずにこの女は、俺の心臓が揺れるような言葉を選ぶ。そう思うのに、なぜか俺は奇妙なほどに心拍数を上げた。彼女の選別された言葉は俺の頭の中を馬鹿にする。
「あ、見て。空が明るくなってきた」
(名前)は空を見上げながらポツリと呟いた。群青色に淡い白が混じったような空。太陽が姿を出す前にとまた歩を進める。