第14章 大切だから(跡部景吾)
ぽたり。
また1つ雫がこぼれ落ちた。それは留まることを知らず只流れていく。そしてお湯の中に溶け込んで行った。
イギリスに居た頃から常にそばに居た彼は最早今となっては遠い存在なのかもしれない。確かに私と彼では住んでる世界が違うのだ。中学3年生に上がってからものが無くなることが増えた。ある時は教科書が無くなってるし、またある時は上履きが。あの時は確か来賓用のスリッパを借りに事務室へ行った。ものが無くなることは更に日を追う事に増していった。周りの友人達は気にする事はないよと慰めてくれた。教科書も貸してくれた。
それは多分、彼繋がりなんだろう。中学生という多感な年齢でそういう事に走ったのだろうと直ぐにわかった。
だから、私は彼から離れる事にした。
景ちゃん──私の幼馴染である跡部景吾はこの氷帝学園では誰もが知る人だ。地位、名誉、財力、魅力、全てを兼ね備えた彼を誰もが横恋慕するのはきっと初めから決まっていたこと。
天は二物を与えずとは言うけども彼の場合は違うのだと子供ながらに考えていた。
幼馴染という誰もが羨む立場にいる私は周りの彼への眼差しの強さに負けたのだ。隣にはもう居れないという気持ちと居たいという気持ち。ものが無くなる事に、私の心も崩れていったのかもしれない。友達曰くちゃんと笑えてない、そう言われたから。
「おい、頼華」
「…え?」
何故今彼から話しかけられているのだろう。この状況はかなりきつい。周りの目線が、私に、景ちゃんに、注がれているこの状況が。
「な、何…?」
「何、って今日部活前にミーティングあるっつったろ」
忘れたのか、と目の前の彼は少し呆れた表情をしていた。
「あぁ、そ、そうだったね」
「?…おい、」
「み、ミーティング行くね!」
素早くカバンを持って教室を後にした。彼は後ろから歩いてきている。彼との距離は50cmくらいなのに。無言の時間が過ぎていった。
足早に部室へ向かった。けれどまだ誰も来ていなかった。
「…おい、」
私の後ろから入ってきた景ちゃんは後ろ手にガチャリと部室の扉に鍵をかけた音がした。
「…なぁ、頼華、お前俺に隠し事、してるだろ?」