忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
第6章 猿芝居
助三郎は女の美貌に目がくらむ。
気付く気配すらなかった、その女が自らの命を狙う刺客の手先であるなど――…。
「そういやあ、小田原箱根あたりに、日ノ本一の美しい花魁がいるって噂があったが、きっと貴女の前ではその噂も掻き消えてしまうだろうなぁ。」
「まあ、そんな」
真葛はその噂に思わず顔が引きつりぎこちなく笑顔を浮かべたが、照れたように袖に顔を埋めて誤魔化す。
いう間でもない。その噂の花魁その者なのだから。
事は数日前に遡る。
「私からも一計を案じてみたのですが」
隠家を見つけ忍び道具の手入れをする九郎太に真葛がこう切り出したことから始まる。
九郎太は視線をわずかに真葛に向けてから、縄梯子の縄をぎりと結ぶ。そうやって出来たまめなのだと真葛は感心してその手元を見ていた。
「言ってみろ」
「はい。 私は水戸のご老公に顔を知られておりません。
ですから、一芝居打って可哀想な助けるべき、問題を抱えた町人のフリをして直接接触するのです。」
「ほう」
真葛が語るその案を九郎太は黙って聞いていた。
聡明で頭も切れると手元に置いておこうとした人材、確かに現地で改めて人を雇うよりは試す価値はあるように思えた。
「ですから、九郎太さまには藤吉さまとお新さまを今回は遠ざけて頂いて、濡れ衣を着せるべき者を見繕って頂きたいのです」
「成程、面白い案ではある――が、」
「駄目でしょうか」
「…いや」
九郎太は言い淀む。良い案だ、試す価値はある。そう思いながらも頭に過る彼女の身の安全。光圀達であればもし途中で計画がばれたとあってもおそらく生きて帰る事はできるだろう。という考えと、彼女を心配して計画を止めようとした自分への疑問。
――忍びは女に惚れたら終わりよ。
そう扱うために拾ったものを使わずに埃を被せておくつもりか。日本刀に打ち粉を叩きかけながら九郎太は否定の言葉を飲み込んだ。
「やってみろ。失敗しても尻は拭わんぞ」
「はい、お任せください!」
好いた男に役に立つところを見せようと意気揚々と立ち上がる真葛を、九郎太は苦虫を噛み潰したような面持ちで見つめていた。