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忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで

第4章 旅立ち



この女、諸手あげて喜ぶと思いきやまだ何かあるのかと、九郎太は心外そうに眉を潜める。

「私は…私は商売女でございます、その、…貴方の傍にいる資格など……ある日など陰茎が機能しなくなった老人に張り型で朝まで……そんな事もあるような…不浄の女です、」
「それがなんだ」

一蹴されて真葛は弾けたように顔をあげる。

「藤吉さまとも、」
「仕事であればそういう事もあるだろう。おれがいつ生娘を条件にした。
 ああだがお前の頭の良さを買ったつもりであったがこうも間抜けだと考えを改めればならんな……ん?それともなんだ。金か。馴染み金だか…身請け金だかが欲しいのか。頭の回るお前ならばそれを目的にこの話にしてもおかしくないな、それならいくらでもくれてやる、それともその不能の老人の首でも欲しいのか。」

真葛は恐怖にびくりと震え、顔を青くする。お侍様が不敬をした者を斬り捨てる事はあるだろう、自分もそれの習うのであればしょうがないとさえ思えたが、この男、自分の為に人を一人殺してこようと言ってのけたのだ。ああ、そうだ、悪人の目だ。

男はその、真葛が好いた手で頬に触れた。

「ついてくるのか、こないのか。どちらだ、真葛」
「……参りました、柘植九郎太様。ついてまいります。
 どうか、どうか連れてってくださいませ、元より地獄、元より穢れた身」

何処までも――どこまでも、その傍にて、どれだけ悪の道であろうとも。

「でも、私はここから出る事はできません、どうやって?」
「ふん 造作もない事よ」

ああ、また、鼻で笑って、私を優しく呆れたような目で見る。
真葛は自らの救い主をうっとりと眺めた。
次の瞬間、九郎太は真葛をなんでもない事のようにひょいと抱え上げてしまったのだ。

「――ひゃ、」「声を出すなよ。ああ、持っていきたいものでもあるか?」「……いえ、」

これからの生に、連れていきたいものなど、何一つとしてありはしない。
私がいなくなって此処の暮らしはどうなるだろう、慕ってくれた禿たちはどうなるだろう。そんな頭にこびりついた罪悪感をかき消すことが、真葛の初めての悪事であった。

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