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水際のテラル

第1章 レイクエムは流れない




私……陽唯(はるい)はその日、自分の弱さを知った。

他人のように思っていた歳の離れた兄は、どうやら私のことが大好きだったらしい。
大好きで大好きでたまらないのに、素っ気なく見えていないような態度を取られ(たまにしか会わない上に興味がなかったのだから仕方ない)、愛しさは憎悪に変わって
その日ついに私を殺すに至った。



何でもないような普通の昼下がりだった。
ふと視線を感じて振り返ると、沼の底のようなドロドロと暗い瞳が私を見つめていた。

「兄さん……?」

「陽唯、」

脈絡もなく長い指が此方に伸ばされるのを、私は身動ぎもせずに見ていた。
グッと首に圧がかかる。
そこでやっと抵抗してみても、特別運動もなにもしていない成人前の少女の肉体は、あっけないほど弱く脆かった。

苦しくて生理的な涙が溢れて視界が滲む。
どのくらいの時間そうしていただろう。
溜まった涙がポタリと床に落ちて、視界が明瞭になる。
兄の顔がよく見えた。
兄も私を見ていて目が合う。
ハッとした顔をして私の首から手を離した兄は、まるで怖いものを見たかのような顔をしていた。

どうしてかは定かでないけど目だけはよく見えた。
最後に残るのは聴覚と聞いていたのに、耳は聞こえなくて、身体も動かなくて、それなのに視界ははっきりとしている。
だから兄が力の抜けたままの私の身体を車に積んで、どこかへ運ぶのも私はずっと見ていた。


ふわっと身体が浮いて、やがて叩きつけられる衝撃。
沈んでいく感覚で、水に落とされたのだと知る。
山奥なのだろうか。呆れるほど綺麗な水だった。
痛みも苦しさもどこか遠い。
死ぬ間際なのに心は不思議と凪いでいる。
実の兄に殺される、というのは
確かに悲しいことなのかもしれない。
怒るべきことなのかもしれない。
しかし悔しさとか怒りとかは微塵も湧かず。
ただ異常なほどに人に関わらなかった心の弱さが、自分に牙を向いたのだと思った。
自業自得なのだと、あっさり諦めた。





もしも、次があるのなら
次は家族や友人に愛を向けられるだろうか
そんな戯言だけぽつりと浮かんで泡になった

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