第51章 【宗次郎誕生日話】君の気持ちは不透明で気まぐれで
「なんです?叶さん。」
「……」
呼ばれたから足を止めて振り返ったのに。叶さんは黙りこくったままで。そうしている内に、それだけでは足りなかったのか目線を宙に泳がせ始めた。
「…叶さん?」
「……」
依然、何かを躊躇っているかのように見える叶さん。
あらら、どうしたのかな?とは思ったけれど。
「……」
「……じゃあ僕行きますね。」
「えっ?ちょ、ちょ、ちょっと!?」
背を向けるとようやく慌てたように叫び、着物の背中辺りを思い切り引っ張られた。
「な、なんでよ。」
「それはこっちの台詞です。だって叶さん何も言わないですもん。」
「うう、ごめん。」
しゅん、とする叶さん。背中に添えた手の力が僕を解放するようにすっと抜けていく。
その場を後にしようと思えばできるけれど。
「…言いづらいことですか?」
静かに訊いてみた。すると。
「まあ…言いづらいなぁ。」
「…え。」
訊いたからには予想していなかった訳ではないけれど。彼女の声でもたらされた言葉は存外、心に響き渡ってしまって。
その上叶さんは、はあ、とため息を漏らしたりするから。急速に胸の中が締め付けられていく感覚に陥る。
──なんだろう、言いづらいことって。
そうっと窺うように背後を振り向くと、同じく、窺うように僕の顔に視線を向けた最中だったのだろう。叶さんの瞳とかち合う。
その瞳は…何かに怯えたようにも、何かを決意しているかのようにも思える。
──なんだろう、僕らしくもない。
こくん、と叶さんの喉が鳴る。思わず身構えていた。
「…叶さ、」
「あ、あの、宗次郎!」
「!」
予想以上に大きな叶さんの声に肩の辺りがびくん、と揺れる。
でも、それには気付きもしないのか、叶さんの表情は真剣みを帯びて目はしっかりと見開かれてて。僕の姿を宿しながら。