第2章 be stood up
僕は、屋敷のありとあらゆる部屋を探し、一階のビリヤードルームで彼女を見つけた。
彼女は、ビリヤード台の上でキューを構え、まばらに散ったボールのうちの一つに視線を集中させていた。
彼女が手玉を撞けば、オレンジ色の五番ボールへと真っ直ぐに転がる。
弾かれた五番ボールは左奥のポケットに吸い込まれるように落下し、静かな空間に控えめな音を響かせた。
彼女の反応は希薄だった。
ボールが落ちた余韻に浸ることなく、ビリヤード台から数歩後ずさった。
それから、右にずれたり、左にずれたり、時には身を屈めてボールの位置を確認する。
彼女は面白くなさそうにビリヤード台の縁に手をついた。
「ビリヤードはやったことがあるのかい?」
彼女は僕の存在に気づいていなかったようで、肩をびくつかせた。
「ううん、今日が初めて。」
彼女はキューを台に立てかけた。
奥のローテーブルに目をやれば、ビリヤードの本が置いてあった。
「初めてのわりに上手じゃないか。」
「そう?何がよくて何が悪いのか、全然わかんないけどね。…そういえば、今何時だろ。」
時間を忘れるくらい夢中になっていたのか、彼女は時計を探して周りを見渡した。
細長い棒で玉をつっつきまわしている間、たったの一秒でさえ僕のことが頭によぎることはなかったのだろう。
その間、僕はドローイングルームを空けることはなかったというのに。
「もう夕方だよ。まさか、昼食後からぶっ通しでやっていたんじゃないだろうね。」
語感に何かを感じ取ったのか、はっとしたように彼女は瞳を見開いた。
「もしかして、待ってた?」
不安げな声色で恐る恐る尋ねる彼女は、僕の好きな表情をしていた。
--だいぶね。
心の奥で毒づいたが、口には出さなかった。
「…別に。ビリヤード、一緒にやるかい?」
「ほんと…?」
僕を見上げる彼女の瞳に好奇の色が含まれていた気がした。