第22章 隠れては溢れる愛の欠片
これにはさすがに。表の面の皮一枚でなんとか平静を装っていた蛍も、本能的に“危険だ”と察する。
「あ、あの…待っ…」
「…すみませんけど、退けないかもしれませんね?」
「…う…」
──その笑顔で妖艶に囁かれると何も言えない。
見下ろす宗次郎。
また僅かに首を傾げ、宗次郎のさらさらとした前髪がしなやかに目の前で揺れる。前髪に半分近く隠された瞳は笑みの形を象っているようで、じっと蛍を見据えていて。
そしてそっと、片手をもたげて、蛍の頬に触れて撫でた。
「…え…えっと…」
「蛍さん、ちょっと懲らしめなければいけませんね。」
低く語りかける宗次郎の唇と触れる吐息。沿うように頬をなぞる手のひらは蛍の目元にまて這わされ。
完全に重なって交わりそうになる二つの身体。すぐそこまで感じられる彼の体温の気配に蛍は身を震わせるけれども、その様子すらも手に取るように宗次郎には伝わっていた。
「…さあ、どうしましょうか。」
「…宗次郎。」
高鳴る胸の鼓動を口惜しく感じる気持ちもあるけれども。蛍は宗次郎の名を口にしていた。
「はい。」
──蛍は宗次郎の頭に向かって手を、その黒髪に指先を伸ばして触れる。
されるがまま、黙ってその施しを受ける宗次郎。髪をそっと払い除けられ、その瞳を露わにさせ──下からじっと見つめる彼女の視線に迎え入れられるのであった。
「…なんです?」
「ううん…どんな顔してるのかなって。顔が見たくて…」
「大した余裕ですね。こんな時に。」
己に触れた蛍の手に優しい視線を向けて。宗次郎は髪をそっと耳にかけて微笑んだ。蛍の所望に応えるかのように。
その穏やかな表情に浮かべた真剣そのものの眼差しに、蛍は安堵と緊張が入り混じった複雑な胸中に陥るけれども。
刹那、柔く微笑みを刻んだ宗次郎を見て、共鳴するように静かに微笑みを溢すのであった。
「──気は済みましたか?」
「…うん。」