第37章 過去
「…すみません、兵長。
それはさっきお話しした通り、母との約束だったからです」
「あぁ??」
兵長が苛立っているのが伝わってきた。
「兵長。私は母から、アッカーマン一族にだけ名乗れと言われました。
元々は名乗らないように言われていたぐらいです。
あの場では兵長以外にも人がいた。だから言いませんでした」
兵長は、はぁ…と溜息をついた。
「ケニーのことは?どこまで知ってた?」
「ケニーについては、兵長と変わりありませんよ。処世術を教わっただけです。私の元を去る時に、大人の事情だとだけ言っていました。それが中央憲兵に行く事だったとは露にも思いませんでしたが」
はぁ…と兵長はさらに溜息を重ねた。
多分…だが、
私と兵長の出自は似ている。
地下街のろくでもないところで生まれ育ち、たまたま運良く調査兵団に入った。
お互い幼少の頃に、ケニーに処世術を教わり、ある意味異常とも取れるような考え方をする事がある。
今回の戦いで、104期達と大きく違ったのはそこだった。
生き延びる為に人を手に掛ける事もやむを得ないと思っている。
ただ、私は母と過ごした時間が長かったからか、ケニーに対して兵長程の執着は無かった。
勿論こんな形で戦い合わずに、ただただオジサンに人類最強の恋人を紹介する、なんて事が出来れば良かったとは思っている。
私に道を開いてくれたのもケニーだった。
ケニーと出会わなければ私はあのまま野垂れ死んでた。
だが、兵長にとってケニーは、それこそ親代わりの大きな存在だったのだ。
「なぁ…、お前は俺を置いて行くなよ」
考え事をしていた私は、兵長の不意の言葉に酷く驚き兵長の方を向いた。
兵長は俯き眼を伏せ、膝を三角に立てて抱きかかえるように座っていた。
あぁ…この人は、お母様にもケニーにも置いていかれたと思っているのか…。
まるで叱られた子供のように小さくなった兵長を、私はそっと抱きしめた。
「大丈夫です、兵長。
置いて行きません。
ずっと側にいますよ」
しばらくの間、私達はそうしていた。
夕陽が、旅立ったケニーと、遺された私達を赤々と照らしていた。